おしゃれって何なのさ!

今まで誰も書かなかった「普通に服を着ること」について。

もう日本人というだけでオシャレは無理?

もういい加減みんな薄々気づいてきている事なのだが、日本人・韓国人・朝鮮人・中国人(要するにぱっと見が日本人っぽいタイプの顔)は

オシャレにはなれない。


定期的に韓国ファッションとかアジア系アゲの情報を流す事で若い子達のファッション消費を煽って延命しているけれども、

どう客観的に見てもここぞという時には

ファッション広告は白人を使う。


あまりに露骨過ぎるので言語化されてない事だが、アジア人については


1) 極端につり目のモデルを白人に「混ぜて」使う事で「多様性」っぽいブランドイメージを出す。
   (この場合、エクスキューズのため黒人も一緒に使うことが多い)


2) モードブランドがあえてつり目のモデルやちょんまげみたいなモデルを使う事でオリエンタルさ=「未開の野蛮人みたいなクレイジーさ」を得るためだけに使う。

 

のどちらかである。

極端な話、アジア人にはそれしか求められていない。基本的にはアートとかも同じである。


そういうのにみんな気づき始めているから

サングラスをする人が増えているのだと思う。もうみんな日本人でいるのが嫌なのだ。

日本人でいたらファッションは楽しめない。

(かと言って韓国人とか中国人とかはもっと嫌だ。朝鮮人はよく知らない。そうでしょ?)


どんなに頑張っても欧米人と比べてファッションにおいては明らかに得られないものが多すぎる。鼻を高くしたところで、頭や顔そのものの全体のバランスや体型が全く違うのだから整形もあまり意味がない。Bボーイとかも含め、ただ欧米人の真似をして喜んでいられた時代ではなくなって来ている。

 


それなのになんでオシャレをするのか。

 


より自分が欧米人に近く見えるようなバランスを模索するためだろうか。

 


多分、いくつになっても心からオシャレを楽しんでいる人というのは「鏡を見ていない人」なのではないか。

 


服そのものだけを見て、

自分の着心地だけを感じて

自分の頭の中のイメージだけを観ていられる人。

 


そういう人がずっと服を買い続け、服が好きでいられる人なのではないか。

 


この多分ほんとうの服好きである人達は、

世の中で言うお洒落な人達とは実は全く違うジャンルの人種なんじゃないかと思うのである。

好きな服を着る事、それそのものが喜びである人達。


割とツイッターなどのSNSでこういう人達は可視化されていると思うが、自分としては本当なのかポーズなのかなんかよく分からなくて何となくスルーしている人達ではある。


彼らと、初めに書いたようなことを考える人(僕のような人)の間にはものすごく深い溝があるのではないかと思う。


服を着るという行為そのものは同じで、

ほぼ同じ土俵で評価されるにも関わらず

ここまで当人達の意識の違いがあるジャンルが他にどれだけあるだろうか。


僕の想像でしかないのだが、

多分そういう人達がいる限り、

ファッションは死なないのだと思う。

 


そしてなんだかとても僕は悔しいのである。